雨の涯(はて)


犯罪者をもってしまった家族の葛藤を父親の立場、本人の立場からみつめた小説です。
日常生活でなぜとあなたに問いかけ、共に考えてくれることを求めた主題は重たいが、
その先にはあなたはなにかを見出すに違いない。
 
 
菊 池  明
 
・≪0≫・ ・≪1≫・ ・≪2≫・ ・≪3≫・ ・≪4≫・ ・≪5≫・ ・≪6≫・ ・≪7≫・
 

 

  およそ一月の時が流れた。健一はあれ以来一度も戻っては来なかった。ただ友人という若者が連絡をしてきて、健一の荷物を数人で取りに来た。
  鏑木も恵美子もそして伸子もその若者たちが手際よく荷物を区分けし、運んでいるのを呆然とした表情で眺めていた。その友人たちを通じて、今健一がどのような生活のもとで暮らしているのだろうと、推察するばかりであった。妻の恵美子が、
「健一は元気ですか」
  と誰に尋ねるとなく聞いた。若者たちの中で、てきぱきと指図をしていた若者が、
「お母さん、彼は元気です。彼がいろいろな意味で落ち着いたらきっと立ち寄ると思います。彼は、ご家族のことを大切にしていました。皆さんのことを話す時、目が輝くようでした。私なんか、羨ましいと思うほどです。……申しわけありませんが、これ以上のことは話すことができません。お許しください。あとの荷物は処分しておいて欲しいと言っていました」
  笑顔を向け、鏑木と恵美子にそれぞれ辞儀をしてその場を離れた。
  健一の僅かな荷物を乗せたワンボックスカーが自宅マンションから去っていった。鏑木はその車のナンバーからなにか健一のことを知る手がかりがあるのではないかと下に降り彼らを見送ったが、その車はレンターカーであった。健一を知る手がかりは消えてしまった。車は見えなくなったが、マンション玄関に鏑木はたちすくんだままであった。車が去った先に視線を向けつづけていた。あの先に健一がいる、漠然とそう自分に言い聞かせるようにして姿をくらました健一を想像した。いつの間に降りてきたのだろうか、恵美子も伸子も傍らに立ち、ワンボックスカーが消えていった先を見ていた。
  茫然と佇んでいる三人の前を、黒塗の国産高級車がすべるように走っていった。後部座席はスモークが貼られ外からは車内は見えなかったが、その後部座席に戸腰と健一が乗っていた。座席の健一は家族をじっと見つめたまま唇を強くかんでいた。健一はマンション玄関でワンボックスカーが消えていった方向を、立ち止まって見続けている家族の前を通り抜けるとき、三人に静かに頭を下げた。
  真っ黒なスモークの貼られた車の中の様子を鏑木たちはみることは出来なかったが、その車が通りすぎる時、三人ともその後部座席の黒い窓を見つめた。自分たち三人だけが映っていた。
  健一はマンション前に立ちつくす家族の姿が焼きついていた。頭を下げ肩を震わせた。戸腰がその健一の肩に手をかけ、強く力をいれた。
  健一は、少年だった時に描いていた人生とはかなり違った方向にいってしまう自分を、不安と恐れの気持ちでみつめていた。取り戻すことができれば、両親に甘えていた幼少の自分に戻りたいと考えた。それは遠い夢でしかなかった。現実の生き方が自分を走り出させていた。この走りをとめることはもはやできないと思った。とりとめなく動揺していた家族を思って歔欷(きょき)する自分を知りさらにくちびるを強くかんだ。
  車は静かなエンジン音をあげながら走っていた。健一は自分の肩に手をおいた戸腰の手の感触が、世話になった保護司の品川のそれを彷彿させるようだと思った。戸腰はじっと流れ去る外の景色をみていて、健一になにも話しかけなかった。

  鏑木と恵美子は、しばらくして部屋に戻った。健一の部屋はきれいに片付けられていたが、大半の荷物が残っていた。持っていったのは、布団と数冊あったアルバム、後は本の類いであった。健一が小学生の頃に家族で日光へ行った時、撮影した家族写真が写真立てに納まったのが前から健一の本立てに飾ってあったが、それが消えていた。その代わり健一の成人式を祝って、家族全員で写した家族写真が、木枠に納められて新たに置かれていた。鏑木はそれを手にした。妻の恵美子もその傍らで凝然とその写真を見つめていた。はにかんだような健一の表情と満面に笑顔の伸子がいた。鏑木と恵美子は緊張した表情でじっと真正面をみつめていた。子どもたちの表情が二人に、言い様のない寂しさを与え、子どもたちがなにかしら、自分たち親にメッセージをおくっているように感じた。鏑木や恵美子の下から健一は巣立っていったと思った。もう親の庇護の中での子どもではなくなっていった。どのような人生の軌跡を進むのかわからないが、健一の行く末を黙してみつめることしか自分たちには出来る役目はなくなったと理解した。自分たちが描いていた息子の自立とは形は大きく違っているけれど、健一の自立なのだと思った。あの子が遠くに離れ、自分のように社会保険や失業保険などに加入している会社に勤めていなくても、自分たちの子どもである以上、私たちはあの子のすべてを受け入れるしかないと思った。それぞれの親子関係によって自立の形が異なってくるだろう、私たちと健一との関係においては、あの子がどのような人生を踏み出すのか、たとえ選択が鏑木たちに重い課題をなげかけるものであったとしても、全てを受け入れる。そのような自覚なのではないかと思う、苦しい選択だが想いつづけようと決意した。そう考えることで健一に対して自分なりの気持ちが落ち着いていく気がした。
  居間で鏑木は恵美子と向きあって腰かけた。妻も最近は狼狽して我を失うことが少なくなったようだった。何度も心配して訪ねてきてくれた長年の友である佐竹夫人とも、ようやく顔を合わして話せるようになった。以前、恵美子が深夜に一人で買い物に出かけたあとを、佐竹夫人も恵美子にわからないようにして、その後をつけた。恵美子が買い物をして、自転車で帰ろうとした時、隠れていた佐竹さんが声をかけた。意表をつかれた恵美子はあわてふためいてその場を去ろうとしたが、佐竹夫人は恵美子を抱擁した。恵美子は佐竹夫人の予想外の行為に金縛りにあったようになった。
「あなたも苦しいけれど、逃げていてはなにも解決はしないわ、一人で悩まずあなたの苦しみを私にちょうだい」
  佐竹夫人の涙が恵美子の手に落ちた。佐竹さんに話をきいてもらうことによって、妻の心の重みが軽くなっていったのだろうと思った。しばらく前に佐竹夫人と諏訪に行ったことが思いだされた。佐竹さんの親戚で元判事を務めていた八十歳をすぎた浅田を紹介され、彼に会って話をできたことが鏑木夫婦にとり大きなこころの安らぎをもたらした。健一が新聞配達をやりだして間もないころ、佐竹夫人から自分のおじで長く裁判官だった浅田に会いにいきませんかと誘われた。妻の恵美子も鏑木も其の方にあって何かを期待するということはあまり考えていなかった。むしろ佐竹との友情に重きをおき、諏訪湖の近くという土地柄に魅かれた。温泉につかり少しのんびりする時間が自分にも恵美子にも必要であると思った。上諏訪駅からタクシーを拾ったが歩いても十分にうかがえる場所にあった。高島城の近くで 浅田の家のまわりにはリンゴ園が点在していた。季節的にりんごの白い花が咲き乱れていて緑の葉と白い花は互いにひきあうようにその美しさをきそっていた。浅田の人となりに対して鏑木は大学同期の弁護士をしている学友から事前に得ていた。開口一番その友人は電話越しに、
「あの浅田判事とお前が会うのか、彼はすごい人で我々弁護士仲間でも伝説的な判事だった。不正に対しては徹底的に厳しい面をもっていた。だけどその被告の立ち直りをいつも念頭においた審判をしていて、不動明王の浅田という呼び名もあった人だった。そうか、諏訪にお住いなのか、お会いしたら、俺の名前をつげてよろしく伝えてくれ」
  彼はそのような浅田評を鏑木に語った。
  新宿から特急あずさで上諏訪に向かった。鏑木は友人の語る浅田という人物に興味を覚え会うのを楽しみにしていた。妻の恵美子にも佐竹夫人にも、そのことは話していなかった。通路をはさんで恵美子と佐竹夫人が座っていた。車中恵美子はほとんど無口であった。佐竹さんが妻の気持ちを思ってか必要以上の言葉がけを控えているようであった。
  年配のご夫婦の住まいと予想していたので日本風の家と考えていたが、平屋つくりの洒落た西洋風の明るい青と緑の色彩に溢れていた。玄関のわきの庭にはりんごの木だけが数本植えられていた。
  鏑木たちを迎えた浅田は初めて会う二人にやさしい笑顔であった。庭がよく見渡せる居間に案内し、
「よくおいでになりました、東京と比べると田舎でしょう、でも素晴らしい自然と温泉とおいしい食べ物があるのですよ、あとで順子ちゃんに案内してもらったらいいでしょう」
  佐竹に目線でそう指示をし、佐竹は笑顔でうなずいた。浅田は息子さんのことは順子ちゃんからきいていましたと、健一の問題を深く知っているようであった。浅田の妻であろう一重のリンゴ柄の着物をきこなした老婦人が、お茶と羊羹とを鏑木たちの前に置きながら笑顔で、
「よくおいでになりました」
  鏑木は開口一番の言葉が夫婦同じなのでとまどいの表情を浮かべた、その表情を読み取ったのか浅田の妻は
「長くつれそっていますと似た者夫婦になるんですのよ」
茶目っ気のあふれた笑顔で鏑木たちをみつめた。鏑木も恵美子も彼女の優しい応対で張りつめていた緊張感が去っていくように思った。夫人が姿を隠してから、浅田は鏑木と恵美子に向かい二人の表情みつめ、
「順子ちゃんから私のことをどの位きいているかわかりませんが、大学の法学部をはるか昔に卒業し、四十年ほど法曹界に身をおいてきました。鏑木さんたちのお悩みをどの程度軽くしてあげられるかわかりませんけれど、法律的な視点ではなく道徳的といっていいかもしれませんが、そのよう立場でお話をさせて下さい。事件には被害者、加害者がいます、その両者にはそれぞれの家族がいます。そしてその家族のそとには多くの親族がおります。ひとつの事件には多くの人々がなにかしら影響をうけています。特に加害者側の立場にいる人たちには、世間から批判の目でみられます。鏑木さんのようなケースであれば、ご両親に対して世間の見方は厳しかったであろうと思いますし、また妹さんも辛い立場であろうと思います。ご子息はその行為により法律で定められた罰を受け、償いを果たしていますが、ここで問題が生じます、被害者側も大きな苦しみを与えられていますが、我が国では加害者側の家族が崩壊している場合が多いと思います。長年住み慣れた土地を離れたり、仕事もかえたり、あるいは仕事を失い生活苦に堕ちる人もでてきます。その加害者家族が同じような罪をおかしたのでしょうか。決してそうであるとは一概にいうことは出来ないと思います。加害者本人は法に基づく罰をうけなくてはなりませんが、残された家族を追い詰めることがよいのでしょうか。私はそのようなことがあってはならないと思います。むしろ、そのような事件がおきる社会的背景を問題にすべきだと思います。簡単に雇用を取り消せる労働体系、競争競争で子どもたちを成績であおる成績至上主義など、私は問題であると思います。授業を理解しにくい子どもはそのまま流されていきます、彼には分らない授業はつらいでしょう。子どもの能力はすべて同じではありません、得手不得手があるのではないでしょうか。それぞれのもっている能力をいかすそのような教育が大切なのではないでしょうか。今、この世の中にあるさまざまな矛盾をそれで苦しんだ人や関係する人達が率先して問題点を提起し、それを克服しなければならないと思います。生まれつき犯罪者になろうなどという人間はいません。加害者が自分のおかした罪をみつめ、その反省点にたつためには、支える人の力が大切です。鏑木さんの事件の場合、支える人はご両親であり、妹さんであると思います。支えていかなければならない人が前向きな姿勢を保つことが肝要だと思います。そのためにはその人たちを温かく見守る周りの存在が必要だと思います。また、社会からの目を気にしての困難からの逃げは何も生むことはできません。問題の核心から目をそむけても一時は息をつくかもしれませんが、それはごく短い時間で残りの長い時間が自分を責めてしまうでしょう。加害者本人の立場は今は脇において、支える家族は辛さと向き合うことが求められるのではないでしょうか、親であるならば自分たちの生き方をみつめ、反省すべき点があるならば、そこを悔い改めることが大切だと思います。子どもに悪いことをしたとしたら、その時点で謝ることができる親であってほしいと思います。ご夫婦で問題があるならば第三者をはさんでもいいので、互いの気持ちを伝えあうことが大切だと思います。そしてさまざまな反省にたつならば、そのことを繰り返さないことに努力すればよいと思います。いつまでも自分の子育てが悪いからという自己の内面を責める意識は何物をも生むことはできません。自らのつまずきを糧にして、親を、夫婦をやりなおす前向きな意識が大切だと思います。大人であってもやり直しはできます。辛く苦しい自らの体験を生かす努力が必要なのです。あなたたちは加害者の家族の辛さを体験しています、その思いを前向きに考えてください。
子どもにとっても親にとっても人生は一度きり、無限ではありません、辛く悲しいことがありますが、楽しいという時もあります。人生は自分が主人公の小説です。どのような主人公になるかは自分自身が決めることです」
  あの諏訪への旅は鏑木たちにとり苦しみと哀しみからの日々と向き合う何か力を与えてくれた。帰りがけ浅田が 「私でよければいつでも話し相手になりますよ」と声をかけてくれた、その声かけはおちこんでいた自分たちに向き合ってくれる人がいるという安堵感をもたらし、気持ちが楽になったと思った。
  鏑木たちはいくつかの美術館やガラス工芸のショップなどを散策した。湖畔を散策している時、前方に八ヶ岳の全貌がひろがっていた。鏑木は独身時代何度かこの岳の最高峰赤岳に登った。あの頃の悩みは自分自身であった。結婚を前提に交際していた女性から一方的な別れの話があったとき、抑えきれない虚しい心を癒す為に単独でこの山に登ったことなどを思い出した。時折、なにかを忘れたくてよく単独登山をした若い時の自分を思い出し感傷的になった。年月を重ねても群青色の空を背景にして八ヶ岳は力強くその偉容を誇っているようであった。

  恵美子がコーヒーポットからコーヒーを茶碗にそそぎながら、
「伸子、ボーイフレンドと別れたみたい。この間、元気がなかったからどうしたの、と聞いたら、あの子、金子君と別れたのっていうの」
「金子って職場の先輩にあたる人だったな、何度か家に遊びにきたことがあるじゃないか」
  鏑木は妻の顔をとがめるようにみつめた。娘の深刻な内容なのに、恵美子のその表情には全く不安な気持ちの揺れが見られなかった。
「あの子すごいと思ったの。私よりしっかりしているって思ったわ。金子君に兄の健一のことを話したら、彼が急に腰がひけたんですって。職場で顔をあわせても視線をそらすんですって、最初は伸子も兄をうらんだみたいだけど、お兄ちゃんは悪(わる)で元気があったけど、決して弱い者をいじめなかったのは、一番私が知ってるもん、そう結婚してから裏切られるよりは、その前に相手の姿勢がわかってよかったっていうの。お兄ちゃんのおかげかもしれないって、強がりかも知れないけれど、伸子は兄の健一を理解しようと努力しているんだなぁと思ったら、娘に何かを教えられたみたい」
「そうか、伸子、職場居づらくないのかな。金子君が社内に吹聴しないだろうか少し心配だけど」
「私も同じように言ったの。そうしたら、そうなったらつらいかもしれないが、今の自分を周りの人が評価してくれると思うから大丈夫って言うの。あの子は私より精神的に大きく成長していったみたい。そうそうあの子、スペイン語を習っているのよ。将来スペインで観光ガイドをしたいらしいの。今日もあの後に語学学校へ行ったのよ」
  鏑木は、娘の伸子が兄のことで悩み苦しみながらも、その兄を理解しようとしながら必死で兄の事件と向きあい、なおかつ自分をみつめ高めようとしている娘に心休まる思いであった。兄の問題を通じて自分を見つめるという心構えは自分にはない姿勢だと思った。娘のそのような前向きに生きる姿に、仄々とした温もりをもらったような気持ちだった。
  コーヒーを一口啜りながら、さっきの若者たちを思い出していた。彼が言っていた。健一は家族が大切だと。その言葉が深い奈落の底にいた自分たちを助けてくれる太く心強い命綱に思えた。何度か健一を自分の心から消したいと願った、家庭を壊した健一を認め赦すことはできないと考えていた。けれど、自分は健一を捨てることはできなかった。先ほどの若者からの、健一は家族が大事だということを聞いて、揺れ動く自分を救ってくれたように思った。壊したり捨てることにも多くの労苦をともなうが、もっと難しいのは受けとめることだと思う、自分は、父親としてありのまま息子の健一を受け入れていこう、ゆさぶりが何度もくるかもしれないが、それに耐えていこうと思う、いつの日にか、穏やかな時がくるということがあるかも知れない、そのことを信じようと思った。
  最近小さい字が読めないなどと言っていた妻が、新しい老眼鏡をかけて新聞に視線をおとし、何かを黙々と読んでいるようだ。その素振りには一つの壁を乗り越えた者のもつ厳(おごそ)かさが感じられた。
 
  鏑木の職場に、保護司の品川から電話が掛かった。思わず受話器を受け取りながら周りの反応をうかがった。誰一人として怪訝な様子で鏑木を見詰めている者はなく、皆それぞれの仕事に向かっていた。
「鏑木さん、ご無沙汰しています。早く直接お父さんと話をしたいと思いまして、こちらに電話をかけさせていただきました。よろしければ本日お仕事の終えた後、お会いすることはできませんでしょうか。場所はご指定くだされば出向きますので」
  鏑木は短く、友人と応対しているように電話口で品川と話をした。
高田馬場駅近くにある喫茶店の名前と時間を告げた。久しぶりにあう旧友との出会いのように、楽しみにしています、と受話器をおいた。
  部下の一人が、
「部長、同窓会でもあるのですか。いろいろと下準備するのも大変ですが楽しいですよね」
喜色の表情をつくり鏑木はうなずいた。  
  約束の喫茶店に品川は先に来ていた。鏑木は、数年ぶりで会うので、その人がわかるだろうかと思った。その不安を払拭するかのように奥の方で立ち上がり、こちらに辞儀をする初老の男の姿をとらえた。何年ぶりだろうかと思った。健一が二十歳になり、保護観察期間が満了したと知り、恵美子と連れ立ってお礼に行った。その時以来であった。
  品川は無沙汰の挨拶が終わるや、手提げカバンから一通の手紙をとりだし、鏑木に向かって差し出した。送り主の名前はなく、封筒の表に、父さんへと健一の独特の字体で記してあった。紛れもない健一の筆跡であった。
「今日この手紙と私宛の手紙とが、自宅のポストに投函されていたのを朝刊を取りにいった時みつけました。恐らく前日の夜以降に届けにきたようです。自分の手紙にも、送り主の名前はありませんでしたが、健一君に間違いありません」
  その手紙を鏑木に差し出した。鏑木はその上手な字ではないが、一字一字くずさずに書きつづけてある文面にすい寄せられていった。
続きはこちらから。
Copyright © 2014 雨の涯 (菊池 明) All rights reserved.
by 個人事業者、SOHO、中小企業専門 ホームページ作成サービス